公務員の「政治的行為」と刑罰-猿払事件上告審

【判例番号】 L02910174
国家公務員法違反被告事件
【事件番号】 最高裁判所大法廷判決/昭和44年(あ)第1501号
【判決日付】 昭和49年11月6日
【判示事項】 1、国家公務員法102条1項、人事院規則14-7・5項3号、6項13号による特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布の禁止と憲法21条
2、国家公務員法110条1項19号の罰則と憲法31条
3、国家公務員法110条1項19号の罰則と憲法21条
4、国家公務員法102条における人事院規則への委任の合憲性
5、国家公務員法102条1項、人事院規則14-7・5項3号、6項13号の禁止に違反する文書の掲示又は配布に同法110条第1項19号の罰則を適用することが憲法21条、31条に違反しないとされた事例
【判決要旨】 1、国家公務員法102条1項、人事院規則14-7・5項3号、6項13号による特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布の禁止は憲法21条に違反しない。
2、国家公務員法110条1項19号の罰則は、憲法31条に違反しない。
3、国家公務員法110条1項19号の罰則は、憲法21条に違反しない。
4、国家公務員法102条における人事院規則への委任は、同法82条による懲戒処分及び同法110条1項19号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に人事院規則に委任しているからといって、憲法の許容する委任の限度を超えるものではない。
5、国家公務員法102条1項、人事院規則14-7・5項3号、6項13号の禁止に違反する本件文書の掲示又は配布(判文参照)に同法110条第1項19号の罰則を適用することは、たとえその掲示又は配布が、非管理職である現業公務員であって、その職務内容が機械的労務の提供にとどまるものにより、勤務時間外に国の施設を利用することなく、職務を利用せず又はその公正を害する意図もなく、かつ、労働組合活動の一環として行われた場合であっても、憲法21条、31条に違反しない。
(4につき反対意見がある。)
【参照条文】 国家公務員法102-1
人事院規則14-7
人事院規則14-6
人事院規則14-5
憲法21
国家公務員法110-1
憲法31
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集28巻9号393頁
最高裁判所裁判集刑事194号63頁
裁判所時報653号1頁
判例タイムズ313号171頁
判例時報757号30頁
労働判例212号36頁
【評釈論文】 警察学論集27巻12号1頁
警察研究48巻4号44頁
警察時報30巻1号57頁
公務員関係判例研究5号16頁
ジュリスト579号14頁
ジュリスト579号21頁
ジュリスト臨時増刊590号26頁
ジュリスト臨時増刊590号131頁
別冊ジュリスト88号142頁
別冊ジュリスト92号58頁
別冊ジュリスト95号22頁
別冊ジュリスト122号46頁
別冊ジュリスト245号28頁
地方公務員月報138号47頁
日本労働法学会誌45号126頁
判例時報757号3頁
法学研究(慶応大)48巻9号84頁
法学セミナー233号2頁
法学セミナー233号15頁
法曹時報27巻11号86頁
法律のひろば28巻1号6頁
法律のひろば28巻1号13頁
法律のひろば28巻1号19頁
法律のひろば28巻1号26頁
竜谷法学7巻3~4号94頁
労働判例212号27頁
       主   文 原判決及び第一審判決を破棄する。 被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。 被告人において右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。 原審及び第一審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理   由 検察官の上告趣意四の(一)について。 第一 本事件の経過 本件公訴事実の要旨は、被告人は、北海道宗谷郡a村の鬼志別郵便局に勤務する郵政事務官で、A労働組合協議会事務局長を勤めていたものであるが、昭和四二年一月八日告示の第三一回衆議院議員選挙に際し、右協議会の決定にしたがい、B党を支持する目的をもつて、同日同党公認候補者の選挙用ポスター六枚を自ら公営掲示場に掲示したほか、その頃四回にわたり、右ポスター合計約一八四枚の掲示方を他に依頼して配布した、というものである。 国家公務員法(以下「国公法」という。)一〇二条一項は、一般職の国家公務員(以下「公務員」という。)に関し、「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定し、この委任に基づき人事院規則一四―七(政治的行為)(以下「規則」という。)は、右条項の禁止する「政治的行為」の具体的内容を定めており、右の禁止に違反した者に対しては、国公法一一〇条一項一九号が三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金を科する旨を規定している。被告人の前記行為は、規則五項三号、六項一三号の特定の政党を支持することを目的とする文書すなわち政治的目的を有する文書の掲示又は配布という政治的行為にあたるものであるから、国公法一一〇条一項一九号の罰則が適用されるべきであるとして、起訴されたものである。 第一審判決は、右の事実は関係証拠によりすべて認めることができるとし、この事実は規則の右各規定に該当するとしながらも、非管理職である現業公務員であつて、その職務内容が機械的労務の提供にとどまるものが、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利用せず又はその公正を害する意図なくして行つた規則六項一三号の行為で、労働組合活動の一環として行われたと認められるものに、刑罰を科することを定める国公法一一〇条一項一九号は、このような被告人の行為に適用される限度において、行為に対する制裁としては合理的にして必要最小限の域を超えるものであり、憲法二一条、三一条に違反するとの理由で、被告人を無罪とした。 原判決は、検察官の控訴を斥け、第一審判決の判断は結論において相当であると判示した。 検察官の上告趣意は、第一審判決及び原判決の判断につき、憲法二一条、三一条の解釈の誤りを主張するものである。 第二 当裁判所の見解 一 本件政治的行為の禁止の合憲性 第一審判決及び原判決が被告人の本件行為に対し国公法一一〇条一項一九号の罰則を適用することは憲法二一条、三一条に違反するものと判断したのは、民主主義国家における表現の自由の重要性にかんがみ、国公法一〇二条一項及び規則五項三号、六項一三号が、公務員に対し、その職種や職務権限を区別することなく、また行為の態様や意図を問題とすることなく、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行為を、一律に違法と評価して、禁止していることの合理性に疑問があるとの考えに、基づくものと認められる。よつて、まず、この点から検討を加えることとする。 (一) 憲法二一条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によつてもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法二一条による保障を受けるものであることも、明らかである。国公法一〇二条一項及び規則によつて公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることはいうまでもない。 しかしながら、国公法一〇二条一項及び規則による政治的行為の禁止は、もとより国民一般に対して向けられているものではなく、公務員のみに対して向けられているものである。ところで、国民の信託による国政が国民全体への奉仕を旨として行われなければならないことは当然の理であるが、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」とする憲法一五条二項の規定からもまた、公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その全体に対する奉仕として運営されるべきものであることを理解することができる。公務のうちでも行政の分野におけるそれは、憲法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、もつぱら国民全体に対する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解されるのであつて、そのためには、個々の公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の立場を堅持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。すなわち、行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。したがつて、公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。 (二) 国公法一〇二条一項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。そこで、まず、禁止の目的及びこの目的と禁止される行為との関連性について考えると、もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損われ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われることを免れない。また、公務員の右のような党派的偏向は、逆に政治的党派の行政への不当な介入を容易にし、行政の中立的運営が歪められる可能性が一層増大するばかりでなく、そのような傾向が拡大すれば、本来政治的中立を保ちつつ一体となつて国民全体に奉仕すべき責務を負う行政組織の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため行政の能率的で安定した運営は阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも重大な支障をきたすおそれがあり、このようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大すべく、かくては、もはや組織の内部規律のみによつてはその弊害を防止することができない事態に立ち至るのである。したがつて、このような弊害の発生を防止し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものというべきである。また、右のような弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであつて、たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない。 次に、利益の均衡の点について考えてみると、民主主義国家においては、できる限り多数の国民の参加によつて政治が行われることが国民全体にとつて重要な利益であることはいうまでもないのであるから、公務員が全体の奉仕者であることの一面のみを強調するあまり、ひとしく国民の一員である公務員の政治的行為を禁止することによつて右の利益が失われることとなる消極面を軽視することがあつてはならない。しかしながら、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎず、かつ、国公法一〇二条一項及び規則の定める行動類型以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではなく、他面、禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益なのであるから、得られる利益は、失われる利益に比してさらに重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。 (三) 以上の観点から本件で問題とされている規則五項三号、六項一三号の政治的行為をみると、その行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行為であつて、政治的偏向の強い行動類型に属するものにほかならず、政治的行為の中でも、公務員の政治的中立性の維持を損うおそれが強いと認められるものであり、政治的行為の禁止目的との間に合理的な関連性をもつものであることは明白である。また、その行為の禁止は、もとよりそれに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしたものではなく、行動のもたらす弊害の防止をねらいとしたものであつて、国民全体の共同利益を擁護するためのものであるから、その禁止により得られる利益とこれにより失われる利益との間に均衡を失するところがあるものとは、認められない。したがつて、
国公法一〇二条一項及び規則五項三号、六項一三号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法二一条に違反するものということはできない。
(四) ところで、第一審判決は、その違憲判断の根拠として、被告人の本件行為が、非管理職である現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供にとどまるものにより、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利用せず又はその公正を害する意図なく、労働組合活動の一環として行われたものであることをあげ、原判決もこれを是認している。しかしながら、本件行為のような政治的行為が公務員によつてされる場合には、当該公務員の管理職・非管理職の別、現業・非現業の別、裁量権の範囲の広狭などは、公務員の政治的中立性を維持することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保しようとする法の目的を阻害する点に、差異をもたらすものではない。右各判決が、個々の公務員の担当する職務を問題とし、本件被告人の職務内容が裁量の余地のない機械的業務であることを理由として、禁止違反による弊害が小さいものであるとしている点も、有機的統一体として機能している行政組織における公務の全体の中立性が問題とされるべきものである以上、失当である。郵便や郵便貯金のような業務は、もともと、あまねく公平に、役務を提供し、利用させることを目的としているのであるから(郵便法一条、郵便貯金法一条参照)、国民全体への公平な奉仕を旨として運営されなければならないのであつて、原判決の指摘するように、その業務の性質上、機械的労務が重い比重を占めるからといつて、そのことのゆえに、その種の業務に従事する現業公務員を公務員の政治的中立性について例外視する理由はない。また、前述のような公務員の政治的行為の禁止の趣旨からすれば、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無、職務利用の有無などは、その政治的行為の禁止の合憲性を判断するうえにおいては、必ずしも重要な意味をもつものではない。さらに、政治的行為が労働組合活動の一環としてなされたとしても、そのことが組合員である個々の公務員の政治的行為を正当化する理由となるものではなく、また、個々の公務員に対して禁止されている政治的行為が組合活動として行われるときは、組合員に対して統制力をもつ労働組合の組織を通じて計画的に広汎に行われ、その弊害は一層増大することとなるのであつて、その禁止が解除されるべきいわれは少しもないのである。 (五)第一審判決及び原判決は、また、本件政治的行為によつて生じる弊害が軽微であると断定し、そのことをもつてその禁止を違憲と判断する重要な根拠としている。しかしながら、本件における被告人の行為は、衆議院議員選挙に際して、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布したものであつて、その行為は、具体的な選挙における特定政党のためにする直接かつ積極的な支援活動であり、政治的偏向の強い典型的な行為というのほかなく、このような行為を放任することによる弊害は、軽微なものであるとはいえない。のみならず、かりに特定の政治的行為を行う者が一地方の一公務員に限られ、ために右にいう弊害が一見軽微なものであるとしても、特に国家公務員については、その所属する行政組織の機構の多くは広範囲にわたるものであるから、そのような行為が累積されることによつて現出する事態を軽視し、その弊害を過小に評価することがあつてはならない。 二 本件政治的行為に対する罰則の合憲性 第一審判決は、また、たとえ公務員の政治的行為を違法と評価してこれを禁止することが憲法二一条に違反しないとしても、その禁止の違反に対し罰則を適用することについては、さらに憲法二一条、三一条違反の問題を生じうるとの考えに立ち、国公法の立法過程にふれたうえ、その罰則は被告人の本件行為に対し適用する限度において違憲であると結論し、原判決もこれを支持するのである。よつて、この点について検討を加えることとする。 (一) およそ刑罰は、国権の作用による最も峻厳な制裁であるから、特に基本的人権に関連する事項につき罰則を設けるには、慎重な考慮を必要とすることはいうまでもなく、刑罰規定が罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであつて、とうてい許容し難いものであるときは、違憲の判断を受けなければならないのである。そして、刑罰規定は、保護法益の性質、行為の態様・結果、刑罰を必要とする理由、刑罰を法定することによりもたらされる積極的・消極的な効果・影響などの諸々の要因を考慮しつつ、国民の法意識の反映として、国民の代表機関である国会により、歴史的、現実的な社会的基盤に立つて具体的に決定されるものであり、その法定刑は、違反行為が帯びる違法性の大小を考慮して定められるべきものである。 ところで、国公法一〇二条一項及び規則による公務員の政治的行為の禁止は、上述したとおり、公務員の政治的中立性を維持することにより、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の重要な共同利益を擁護するためのものである。したがつて、右の禁止に違反して国民全体の共同利益を損う行為に出る公務員に対する制裁として刑罰をもつて臨むことを必要とするか否かは、右の国民全体の共同利益を擁護する見地からの立法政策の問題であつて、右の禁止が表現の自由に対する合理的で必要やむをえない制限であると解され、かつ、刑罰を違憲とする特別の事情がない限り、立法機関の裁量により決定されたところのものは、尊重されなければならない。 そこで、国公法制定の経過をみると、当初制定された国公法(昭和二二年法律第一二〇号)には、現行法の一一〇条一項一九号のような罰則は設けられていなかつたところ、昭和二三年法律第二二二号による改正の結果右の規定が追加されたのであるが、その後昭和二五年法律第二六一号として制定された地方公務員法においては、初め政府案として政治的行為をあおる等の一定の行為について設けられていた罰則規定は、国会審議の過程で削除された。その際、国公法の右の罰則は、地方公務員法についての右の措置にもかかわらず、あえて削除されることなく今日に至つているのであるが、そのことは、ひとしく公務員であつても、国家公務員の場合は、地方公務員の場合と異なり、その政治的行為の禁止に対する違反が行政の中立的運営に及ぼす弊害に逕庭があることからして、罰則を存置することの必要性が、国民の代表機関である国会により、わが国の現実の社会的基盤に照らして、承認されてきたものとみることができる。 そして、国公法が右の罰則を設けたことについて、政策的見地からする批判のあることはさておき、その保護法益の重要性にかんがみるときは、罰則制定の要否及び法定刑についての立法機関の決定がその裁量の範囲を著しく逸脱しているものであるとは認められない。特に、本件において問題とされる規則五項三号、六項一三号の政治的行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布であつて、前述したとおり、政治的行為の中でも党派的偏向の強い行動類型に属するものであり、公務員の政治的中立性を損うおそれが大きく、このような違法性の強い行為に対して国公法の定める程度の刑罰を法定したとしても、決して不合理とはいえず、したがつて、
右の罰則が憲法三一条に違反するものということはできない。
(二) また、公務員の政治的行為の禁止が国民全体の共同利益を擁護する見地からされたものであつて、その違反行為が刑罰の対象となる違法性を帯びることが認められ、かつ、その禁止が、前述のとおり、憲法二一条に違反するものではないと判断される以上、
その違反行為を構成要件として罰則を法定しても、そのことが憲法二一条に違反することとなる道理は、ありえない。
(三) 右各判決は、たとえ公務員の政治的行為の禁止が憲法二一条に違反しないとしても、その行為のもたらす弊害が軽微なものについてまで一律に罰則を適用することは、同条に違反するというのであるが、違反行為がもたらす弊害の大小は、とりもなおさず違法性の強弱の問題にほかならないのであるから、このような見解は、違法性の程度の問題と憲法違反の有為が問題とを混同するものであつて、失当というほかはない。 (四) 原判決は、さらに、規制の目的を達成しうる、より制限的でない他の選びうる手段があるときは、広い規制手段は違憲となるとしたうえ、被告人の本件行為に対する制裁としては懲戒処分をもつて足り、罰則までも法定することは合理的にして必要最小限度を超え、違憲となる旨を判示し、第一審判決もまた、外国の立法例をあげたうえ、被告人の本件行為のような公務員の政治的行為の禁止の違反に対して罰則を法定することは違憲である旨を判示する。 しかしながら、各国の憲法の規定に共通するところがあるとしても、それぞれの国の歴史的経験と伝統はまちまちであり、国民の権利意識や自由感覚にもまた差異があるのであつて、基本的人権に対して加えられる規制の合理性についての判断基準は、およそ、その国の社会的基盤を離れて成り立つものではないのである。これを公務員の政治的行為についてみるに、その規制を公務員自身の節度と自制に委ねるか、特定の政治的行為に限つて禁止するか、特定の公務員のみに対して禁止するか、禁止違反に対する制裁をどのようなものとするかは、いずれも、それぞれの国の歴史的所産である社会的諸条件にかかわるところが大であるといわなければならない。したがつて、外国の立法例は、一つの重要な参考資料ではあるが、右の社会的諸条件を無視して、それをそのままわが国にあてはめることは、決して正しい憲法判断の態度ということはできない。 いま、わが国公法の規定をみると、公務員の政治的行為の禁止の違反に対しては、一方で、前記のとおり、同法一一〇条一項一九号が刑罰を科する旨を規定するとともに、他方では、同法八二条が懲戒処分を課することができる旨を規定し、さらに同法八五条においては、同一事件につき懲戒処分と刑事訴追の手続を重複して進めることができる旨を定めている。このような立法措置がとられたのは、同法による懲戒処分が、もともと国が公務員に対し、あたかも私企業における使用者にも比すべき立場において、公務員組織の内部秩序を維持するため、その秩序を乱す特定の行為について課する行政上の制裁であるのに対し、刑罰は、国が統治の作用を営む立場において、国民全体の共同利益を擁護するため、その共同利益を損う特定の行為について科する司法上の制裁であつて、両者がその目的、性質、効果を異にするからにほかならない。そして、公務員の政治的行為の禁止に違反する行為が、公務員組織の内部秩序を維持する見地から課される懲戒処分を根拠づけるに足りるものであるとともに、国民全体の共同利益を擁護する見地から科される刑罰を根拠づける違法性を帯びるものであることは、前述のとおりであるから、その禁止の違反行為に対し懲戒処分のほか罰則を法定することが不合理な措置であるとはいえないのである。このように、懲戒処分と刑罰とは、その目的、性質、効果を異にする別個の制裁なのであるから、前者と後者を同列に置いて比較し、司法判断によつて前者をもつてより制限的でない他の選びうる手段であると軽々に断定することは、相当ではないというべきである。 なお、政治的行為の定めを人事院規則に委任する国公法一〇二条一項が、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を具体的に定めることを委任するものであることは、同条項の合理的な解釈により理解しうるところである。そして、そのような政治的行為が、公務員組織の内部秩序を維持する見地から課される懲戒処分を根拠づけるに足りるものであるとともに、国民全体の共同利益を擁護する見地から科される刑罰を根拠づける違法性を帯びるものであることは、すでに述べたとおりであるから、
右条項は、それが同法八二条による懲戒処分及び同法一一〇条一項一九号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に委任するものであるからといつて、そのことの故に、憲法の許容する委任の限度を超えることになるものではない。
(五) 右各判決は、また、被告人の本件行為につき罰則を適用する限度においてという限定を付して右罰則を違憲と判断するのであるが、これは、法令が当然に適用を予定している場合の一部につきその適用を違憲と判断するものであつて、ひつきょう法令の一部を違憲とするにひとしく、かかる判断の形式を用いることによつても、上述の批判を免れうるものではない。 第三、結論 以上のとおり、被告人の本件行為に対し適用されるべき国公法一一〇条一項一九号の罰則は、憲法二一条、三一条に違反するものではなく、また、
第一審判決及び原判決の判示する事実関係のもとにおいて、右罰則を被告人の右行為に適用することも、憲法の右各法条に違反するものではない。
第一審判決及び原判決は、いずれも憲法の右各法条の解釈を誤るものであるから、論旨は理由がある。よつて、上告趣意中のその余の所論に対する判断を省略し、刑訴法四一〇条一項本文により第一審判決及び原判決を破棄し、直ちに判決をすることができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決する。第一審判決の認定した事実(第一審第一回公判調書中の被告人の供述記載、被告人、C、D、E、F、G、Hの検察官に対する各供述調書による。)に法令を適用すると、被告人の各行為は、いずれも国公法一一〇条一項一九号(刑法六条、一〇条により罰金額の寡額は昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項所定の額による。)、一〇二条一項、規則五項三号、六項一三号に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、同法一八条により被告人において右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、刑訴法一八一条一項本文により原審及び第一審における訴訟費用は被告人の負担とし、主文のとおり判決する。 この判決は、裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。 裁判官大隅健一郎、同関根小郷、同小川信雄、同坂本吉勝の反対意見は、次のとおりである。 検察官の上告趣意について。 本件の経過は多数意見記載のとおりであり、検察官の上告趣意は、第一審判決及び原判決の判断につき、憲法二一条、三一条の解釈の誤りと判例違反とを主張するものである。思うに、国公法一〇二条一項は、公務員に関して、「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定し、これに基づいて規則一四―七は、右条項の禁止する「政治的行為」の内容を詳細に定めている。そして右条項及びこれに基づく規則の違反に対しては、国公法八二条以下に懲戒処分、同法一一〇条一項一九号に刑事制裁が定められている。すなわち、国公法一〇二条一項は、違反に対する制裁の関連からいえば、公務員にりき禁止されるべき政治的行為に関し、懲戒処分を受けるべきものと、犯罪として刑罰を科せられるべきものとを区別することなく、一律一体としてその内容についての定めを人事院規則に委任している。このような立法の委任は、少なくとも後者、すなわち、犯罪の構成要件の規定を委任する部分に関するかぎり、憲法に違反するものと考える。その理由は、次のとおりである。第一、基本的人権としての政治活動の自由と公務員の政治的中立。 一、政治活動の自由に関する基本的人権の重要性(憲法一五条一項、一六条、二一条)。およそ国民の政治活動の自由は、自由民主主義国家において、統治権力及びその発動を正当づける最も重要な根拠をなすものとして、国民の個人的人権の中でも最も高い価値を有する基本的権利である。政治活動の自由とは、国民が、国の基本的政策の決定に直接間接に関与する機会をもち、かつ、そのための積極的な活動を行う自由のことであり、それは、国の基本的政策の決定機関である国会の議員となり、又は右議員を選出する手続に様々の形で関与し、あるいは政党その他の政治的団体を結成し、これに加入し、かつ、その一員として活動する等狭義の政治過程に参加することの外、このような政治過程に働きかけ、これに影響を与えるための諸活動、例えば政治的集会、集団請願等の集団行動的なものから、様々の方法、形態による単なる個人としての政治的意見の表明に至るまで、極めて広い範囲にわたる行為の自由を含むものである。このように、政治活動の自由は、単なる政治的思想、信条の自由のような個人の内心的自由にとどまるものではなく、これに基づく外部的な積極的、社会的行動の自由をその本質的性格とするものであり、わが憲法は、参政権に関する一五条一項、請願権に関する一六条、集会、結社、表現の自由に関する二一条の各規定により、これを国民の基本的人権の一つとして保障しているのである。 もとより、右のような基本的人権としての政治活動の自由も、絶対無制限のものではなく、公共の利益のために真にやむをえない場合には、多かれ少なかれ何らかの制限に服することをまぬかれないが、積極的な政治活動はその性質上その時々の政府の見解や利益と対立、衝突しがちであるため、とかく政治権力による制限を受けやすいことにかんがみるときは、このような制限がされる場合には、その理由を明らかにし、その制限が憲法上十分の正当性をもつものであるかどうかにつき、特に慎重な吟味検討を施すことが要請されるものといわなければならない。 二、公務員の政治的中立(憲法一五条二項)。国家公務員もまた、国民の一人として、右に述べた政治活動の自由を憲法上保障されているわけであるが、国公法一〇二条及び同条一項に基づく規則は、公務員に属する者の政治活動に対し、前記のような制限を加えている。その理由は、おおよそ次のごときものと考えられる。すなわち、国公法は、日本国憲法のもとにおいて、国の行政に従事する公務員につき、「国民に対し、公務の民主的かつ能率的な運営を保障する」目的(同法一条)から、成績制を根幹とする公務員制度を採用しているが、この成績制公務員制度においては、いわゆる中立性の原則がその本質的なものとされている。けだし、公務員は、国民を直接代表する立法府の政治的意思を忠実に実行すべきものであつて、自己の政治的意思に従つて行政の運営にあたつてはならないとともに、近代民主国家における政治(立法)と行政の分離の要請に基づき、政治と行政の混こう、政治の介入による行政のわい曲を防止しなければならないからである。そして、国公法がこのような公務員制度を採用したことは、公務員が国民全体の奉仕着たるべきことを定めた憲法一五条二項の趣旨及び精神にも合致するものということができる。 三、右一、二の関係と憲法。 国公法の採用した右のような公務員制度の趣旨及び性格、なかんずく公務員の政治的中立性の原則からするときは、公務員は、ひとり実際の行政運営において政治的な利害や影響に基づく、法に忠実でない行政活動を厳に避けなければならないばかりでなく、現実にこのような行政のわい曲をもたらさないまでも、その危険性を生じさせたり、又は第三者からそのような疑惑を抱かれる原因となるような政治的性格をもつ行動を避けるべきことが要請される。のみならず、公務員は、多かれ少なかれ国政の運営に関与するものであるから、それが集団的、組織的に政治活動を行うときは、それ自体が大きな政治的勢力となり、その過大な影響力の行便によつて民主的政治過程を不当にわい曲する危険がないとはいえない。国の行政が国の存立と円満な国民生活の維持のうえで必要不可欠なものであり、行政の政治的中立性が右に述べたように極めて重要な要請であることを考えるときは、公務員に対し、その職務を離れて専ら一市民としての立場においてする政治活動についても、一定の制限を課すべき公共的な利益と必要が存することは、これを否定することができないのである。 しかしながら、このことから直ちに、一般的、抽象的に公務員の個人的基本権としての政治活動の自由を行政の中立性の要請に従属させ、その目的のために必要と認められるかぎり、右政治活動の自由に対していかなる制限を課しても憲法上是認されるとの結論を導き出すことはできない。けだし、ひとしく公務員といつても、それが属する行政主体の事業の内容及び性質、その中における公務員の地位、職務の内容及び「性質は多種多様であり、またそれらの公務員が行う政治活動の種類、性質、態様、規模、程度も区々であつて、これらの多様性に応じ、公務員の特定の政治活動が行政の中立性に及ぼす影響の性質及び程度、並びにその禁止が公務員の個人的基本権としての政治活動の自由に対して及ぼす侵害の意義、性質、程度及び重要性にも大きな相違が存するからである。それゆえ、前記の相反する二つの法益ないしは要求の間に調整を施すにあたつても、右に述べた相違を考慮し、より具体的、個別的に両法益の相互的比重を吟味検討し、真に行政の中立性保持の利益の前に公務員の政治活動の自由が退かなければならない場合、かつ、その限度においてのみこれを制限するとの態度がとられなければならない。のみならず、ひとり制限されるべき政治活動の範囲及び内容ばかりでなく、制限の方法、態様においてもその性質、効果を異にするのであるから、この点もまた、右の問題を解決するうえにおいて重要な要素であることを失わない。そして、以上に述べたことは、ひとり国会の専権に属する立法政策上の問題であるにとどまらず、また、憲法の要求するところでもあるというべきである。第二、国公法一〇二条一項における犯罪構成要件(同法一一〇条一項一九号)についての立法委任の違憲性。 一、公務員関係の規律の対象となる政治的行為と刑罰権の対象となる政治的行為についてそれぞれの内容、範囲を区別することなく、一律に人事院規則に委任していることの問題点(国公法八二条、一一〇条一項一九号)。 国公法一〇二条は、冒頭記述のとおり、公務員の政治活動に関して若干の特定の形態の行為を直接禁止した外は、選挙権の行使を除き人事院規則で定める政治的行為を一般的に禁止するものとし、禁止行為の具体的内容及び範囲の決定を人事院に一任するとともに、その禁止の方法においても、これを単に公務員関係上の権利義務の問題として規定するにとどまらず、刑事制裁を伴う犯罪として扱うべきものとしている。国公法におけるこのような規制の方法は、同法に基づく規則における具体的禁止規定の内容の適否を離れても、それ自体として重大な憲法上の問題を惹起するものと考える。すなわち、(い)公務員関係の規律として公務員の一定の政治的行為を禁止する場合と、かかる関係を離れて刑罰権の対象となる一個人としてその者の政治的行為を禁止する場合とでは、憲法上是認される制限の範囲に相違を生ずべきものであり、この両者を同視して一律にこれを定めることは、それ自体として憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条に違反するのではないかという問題があり、(ろ)国会が公務員の政治的行為を規制するにあたり、直接公務員の政治活動の制限の要否を具体的に検討しその範囲を決定することなく、人事院にこれを一任することは、立法府が公開の会議(憲法五七条)において国民監視のもとに自ら行うべき立法作用の本質的部分を放棄して非公開の他の国家機関に移譲するものであつて、憲法四一条に違反するのではないかという問題があり、(は)右(い)と(ろ)の問題の関連において、懲戒原因としての政治的行為の禁止と可罰原因としてのそれを区別することなく一律にその具体的規定を規則に委任することは、委任自体として憲法に違反するのではないかという問題があるのである。 これらの問題は、事の性質上、右授権に基づいて制定された規則における具体的禁止規定の内容の適否の問題に入る以前において検討、決定されるべき問題であるといわなければならない。 二、右一についての詳論。 (一) 公務員関係の規律の対象となる政治的行為と刑罰権の対象となる政治的行為とでは、その内容、範囲についてそれぞれ憲法上の区別があること(憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条)。 (1) 公務員関係の規律の対象となる政治的行為について(憲法七三条四号、一五条、一六条、二一条、国公法一〇二条一項、八二条)。 公務員と国との間に成立する法律関係は、公務員としての職務活動に自己の労働力を提供する個人と、これを使用して公務を遂行する国との間に成立する権利義務の関係であり、基本的には双方の意思に基づいて成立し、その内容は、法律によつて直接これを規定しないかぎり、本来は当事者の合意によつて決定されうるところのものである。しかし、公務員関係の内容をすべて当事者の合意によつて定めることは適当でなく、他方、憲法はこの問題を行政主体の完全な裁量に委ねず、法律で定める基準に従つて処理すべきものとしている(七三条四号)ので、公務員関係の法的内容は、実際においては、国公法をはじめとする関係諸法律によつて詳細に規定され、その具体的内容は、公務員関係の成立の基礎となる任用の方法、基準、手続、勤務時間、給与、勤務上の地位の異動等の勤務条件に関する基準、公務員の勤務上及び勤務外の行為に関する規律、公務員関係内における紛争の処理等極めて広い範囲にわたつている。 このように、公務員関係を規制すべき法内容を定めるにあたつては、立法機関としての国会が広い裁量権を有し、国会は、日本国憲法のもとにおいていかなる公務員制度が最も望ましいかを考え、その構想のもとに、その具体化のための措置を講ずることができるのであつて、国会が具体的に採用、決定した立法措置は、憲法上是認しうる目的のために必要又は適当であると合理的に判断しうる範囲にとどまるかぎり、憲法に適合する有効なものであるとしなければならない。 国公法一〇二条における公務員に対する政治的行為の禁止もまた、前述のような公務員制度の具体化の一環として、公務員関係内における公務員の職務上又は職務外における義務又は負担の一つとして定められたものと認められるのであり、その目的ないしは理由が、国公法の採用した成績制公務員制度における公務員の政治的中立性の要請にこたえるにあり、公務員の任免、昇進、異動の面における政治的考慮ないしは影響の排除の反面として、公務員自身に対しても一定範囲における政治的中立性遵守の義務を課したものであることは、さきに述べたとおりである。 そして、成績制公務員制度が憲法の精神に適合するものであり、かかる制度の要請する公務員の政治的中立性の保持が憲法上是認される目的に基づくものである以上、たとえ政治活動の自由が憲法における最も重要な個人的基本権であるとしても、自らの意思に基づいて国との間に公務員関係という一定の法律関係に入る者に対し、かかる法律関係の一内容として、前記の目的を達するために必要かつ相当であると合理的に認められる範囲において右権利に対する制約を加えることは、憲法上許されるところであるとしなければならない。 また、右の基準のもとにお、ける制限の必要性に関する国会の判断の合理性については、前記のような国会の裁量権の広範性にかんがみ、必ずしも特定の政治的行為が公務員の政治的中立性を侵害する現実の危険を伴うかどうかというような厳格、狭あいな視点にのみ限局されることなく、より広くその種の行為が一般的に右のような侵害の抽象的危険性を有するかどうかという点をも考慮に入れることが許されるというべきである。それゆえ、国公法一〇二条における政治的行為の禁止は、その違反に対し公務員関係上の義務違反に対する制裁としての懲戒によつて強制されるべき義務を設定するものであるかぎりにおいては、右の基準に照らしてその合憲性を決定すべく、この基準に適合するかぎり、これを違憲とする理由はないのである。 (2) 刑罰権の対象となる公務員の政治的行為について(憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条)。 およそ刑罰は、一般統治権に基づき、その統治権に服する者に対して一方的に行使される最も強力な権能であり、国家が一般統治上の見地から特に重大な反国家性、反社会性をもつと認める個人の行為、すなわち、国家、社会の秩序を害する行為に対してのみ向けられるべきものである。単なる私人間の法律関係上の義務違背や、公私の団体又は組織の内部的規律侵犯行為のように、間接に国家、社会の秩序に悪影響を及ぼす危険があるにすぎない行為は、当然には処罰の対象とはなりえない。一般に個人の自由は、多種多様の関係において種々の理由により法的拘束を受けるが、それらの拘束が法的に是認される範囲は、それぞれの関係と理由において必ずしも同一ではないのであつて、公務員の政治活動の自由についても、事は同様である。究極的には当事者の合意に基づいて成立する公務員関係上の権利義務として公務員の政治活動の自由に課せられる法的制限と、一般統治権に基づき刑罰の制裁をもつて課せられるかかる自由の制限とは、その目的、根拠、性質及び効果を全く異にするのであり、このことにこそ民事責任と刑事責任との分化と各その発展が見られるのである。したがつてまた、右両種の制限が憲法上是認されるかどうかについても、おのずから別個に考察、論定されなければならないのであつて、公務員が公務外において一市民としてする政治活動を刑罰の制裁をもつて制限、禁止しうる範囲は、一般に国が一定の統治目的のために、国民の政治活動を刑罰の制裁をもつて制限、禁止する場合について適用される憲法上の基準と原理とによつて、決せられなければならないのである。 右の見地に立つて考えると、刑罰の制裁をもつてする公務員の政治活動の自由の制限が憲法上是認されるのは、禁止される政治的行為が、単に行政の中立性保持の目的のために設けられた公務員関係上の義務に違反するというだけでは足りず、公務員の職務活動そのものをわい曲する顕著な危険を生じさせる場合、公務員制度の維持、運営そのものを積極的に阻害し、内部的手段のみでこれを防止し難い場合、民主的政治過程そのものを不当にゆがめるような性質のものである場合等、それ自体において直接、国家的又は社会的利益に重大な侵害をもたらし、又はもたらす危険があり、刑罰によるその禁圧が要請される場合に限られなければならない。 更に、個人の政治活動の自由が憲法上極めて重大な権利であることにかんがみるときは、一般統治権に基づく刑罰の制裁をもつてするその制限は、これによつて影響を受ける政治的自由の利益に明らかに優越する重大な国家的、社会的利益を守るために真にやむをえない場合で、かつ、その内容が真に必要やむをえない最小限の範囲にとどまるかぎりにおいてのみ、憲法上容認されるものというべきである。すなわち、単に国家的、社会的利益を守る必要性があるとか、当該行為に右の利益侵害の観念的な可能性ないしは抽象的な危険性があるとか、右利益を守るための万全の措置として刑罰を伴う強力な禁止措置が要請される等の理由だけでは、かかる形における自由の制限を合憲とすることはできない。けだし、一般に政治活動、なかんずく反政府的傾向をもつ政治活動は政治権力者からみれば、ややもすると国家的、社会的利益の侵害をもたらすものと受けとられがちであるが、このような危険や可能性を観念的ないし抽象的にとらえるかぎり、その存在を肯定することは比較的容易であり、したがつて、政治活動の自由の制限に対して前述のような厳格な基準ないし原理によつて臨むのでなければ、国民の政治的自由は時の権力によつて右の名目の下に容易に抑圧され、憲法の基本的原理である自由民主主義はそのよつて立つ基礎を失うに至るおそれがあるからである。我々は、過去の歴史において、為政者の過度の配慮と警戒による自由の制限がもたらした幾多の弊害を度外視してはならないのである。このことは、公務員の政治活動についても同様であるといわなければならない。 (3) 規則六項一三号の違憲性(憲法一五条一項、一六条、二一条、三一条)。 以上の基準に照らすときは、例えば、本件において問題とされている規則六項一三号による文書の発行、配布、著作等は、政治活動の中でも最も基礎的かつ中核的な政治的意見の表明それ自体であり、これを意見表明の側面と行動の側面とに区別することはできず、その禁止は、政治的意見の表明それ自体に対する制約であるのみならず、これを政治的目的についての同規則五項、特に同項三号ないし六号の広範かつ著しく抽象的な定義と併せ読むときは、右の意見表明に所定の形態で関与する行為につき、その者の職種、地位、その所属する行政主体の業務の性質等、その具体的な関与の目的、関与の内容及び態様のいかん並びに前後の事情等に照らし、その行為が行政の政治的中立性の保持等の国家的、社会的利益に対していかなる現実的、直接的な侵害を加え、ないしはいかなる程度においてその危険を生じさせるかを一切問うことなく、単に行為者が公務員たる身分を有するというだけの理由で、包括的、一般的な禁止を施しているものであり、公務員に対し、実際上あまねく国の政策に関する批判や提言等の政治上の意見表明の機会を封ずるに近く、公務員関係上の義務の設定として合理的規制ということができるかどうかは別論として、少くとも刑罰を伴う禁止規定としては、公務員の政治的言論の自由に対する過度に広範な制限として、それ自体憲法に違反するとされてもやむをえないといわなければならない。 右に述べたように、ひとしく公務員の政治的行為の禁止であつても、公務員関係上の義務として定める場合と刑罰の対象となる行為として定める場合とでは、その意義、性質、効果を異にし、憲法上それが許される範囲にも相違が生ずることをまぬかれえないのであり、これらの点を全く無視し、専ら行為の禁止の点のみを抽象してそれが憲法に適合する制限かどうかを判断すべきものとし、禁止違反に対して懲戒が課せられるか刑罰が科せられるかは、単なる強制手段の問題として立法政策上の当否の対象となるにすぎないとすることはできないのである。 (二)、国公法一〇二条一項の委任。 (1) 公務員関係の規律の対象となる政治的行為の規定の委任(憲法七三条四号、地方公務員法三六条、二九条)。 以上の次第であるから、法律が直接公務員の政治的行為の禁止を具体的に定めるには、公務員関係内における規律として定める場合と刑罰の構成要件として定める場合とを区別し、前述したような別個の観点、考慮に従つてその具体的内容を定めるべきであり、現実に定められた禁止内容に対しても、それが憲法に違反しないかどうかは別個の基準によつて判断すべきものであるが、国公法一〇二条は、上述のように、禁止行為の内容及び範囲を直接定めないでこれを人事院規則に委任しており、そのためにかかる委任の適否について問題が生ずることは、さきに指摘したとおりである。そこでこの点について順次考察するのに、まず一般論として、国会が、法律自体の中で、特定の事項に限定してこれに関する具体的な内容の規定を他の国家機関に委任することは、その合理的必要性があり、かつ、右の具体的な定めがほしいままにされることのないように当該機関を指導又は制約すべき目標、基準、考慮すべき要素等を指示してするものであるかぎり、必ずしも憲法に違反するものということはできず、また、右の指示も、委任を定める規定自体の中でこれを明示する必要はなく、当該法律の他の規定や法律全体を通じて合理的に導き出されるものであつてもよいと解される。この見地に立つて国公法一〇二条一項の規定をみると、同条項の委任には、選挙権の行使の除外を除き、いわゆる政治的行為のうち、禁止しうるものとしえないものとを区分する基準につきなんら指示するところはないけれども、国公法の他の規定を通覧するときは、右の禁止が国公法の採用した成績制公務員制度の趣旨、目的、特に行政の中立性の保持の目的を達するためのものであることが明らかであり、他方、一般に法律が特定の目的を達するための具体的措置の決定を他の機関に委任した場合には、特にその旨を明示しなくても、右目的を達するために必要かつ相当と合理的に認められる措置を定めるべきことを委任したものと解すべきものであるから、前記法条における禁止行為の特定についての委任も、行政の中立性又はこれに対する信頼を害し、若しくは害するおそれがある公務員の政治的行為で、このような中立性又はその信頼の保持の目的のために禁止することが必要かつ相当と合理的に認められるものを具体的に特定することを人事院規則に委ねたものと解することができる。また、公務員の多種多様性、政治活動の広範性とその態様及び内容の多様性、これに伴う禁止の必要の程度の複雑性と多様性、更に社会的、政治的情勢の変化によるこれらの要素の変動の可能性等にかんがみるときは、具体的禁止行為の範囲及び内容の特定を他のしかるべき国家機関に委任することに合理性が認められるのみならず、人事院が内閣から相当程度の独立性を有し、政治的中立性を保障された国家機関で、このような立場において公務員関係全般にわたり法律の公正な実施運用にあたる職責を有するものであることに照らすときは、右の程度の抽象的基準のもとで広範かつ概括的な立法の委任をしても、その濫用の危険は少なく、むしろ現実に即した適正妥当な規則の制定とその弾力的運用を期待することができると考えられる。そして、前述のように、公務員関係の規律としては、行政の中立性の保持のために必要かつ相当であると合理的に認められる範囲において公務員の政治活動の自由に制約を加えることが是認されるのであるから、以上の諸点をあわせて考えると、右の関係における公務員の政治的行為禁止の具体的な規定を規則に委任することは、その委任に基づいて制定された規則の個々の規定内容が、あるいは憲法に違反し、あるいは委任の範囲をこえるものとして一部無効となるかどうかは別として、委任自体を憲法に違反する無効のものとするにはあたらないというべきである(地方公務員法三六条、二九条参照)。 (2) 刑罰権の対象となる政治的行為の規定の委任(憲法四一条、一五条一項、一六条、二一条、三一条)。 しかしながら、違反に対し刑罰が科せられる場合における禁止行為の規定に関しては、公務員関係の規律の場合におけると同一の基準による委任を適法とすることはできない。けだし、前者の場合には、後者の場合と、禁止の目的、根拠、性質及び効果を異にし、合憲的に禁止しうる範囲も異なること前記のとおりであつて、その具体的内容の特定を委任するにあたつては、おのずから別個の、より厳格な基準ないしは考慮要素に従つて、これを定めるべきことを指示すべきものだからである。 しかるに、国公法一〇二条一項の規定が、公務員関係上の義務ないしは負担としての禁止と罰則の対象となる禁止とを区別することなく、一律一体として人事院規則に委任し、罰則の対象となる禁止行為の内容についてその基準として特段のものを示していないことは、先に述べたとおりであり、また、同法の他の規定を通覧し、可能なかぎりにおける合理的解釈を施しても、右のような格別の基準の指示があると認めるに足りるものを見出すことができない。これは、同法が、両者のいずれの場合についても全く同一の基準、同一の考慮に基づいて禁止行為の範囲及び内容を定めることができるとする誤つた見解によつたものか、又は憲法上前記のような区別が存することに思いを致さなかつたためであるとしか考えられない。それゆえ、国公法一〇二条一項における前記のごとき無差別一体的な立法の委任は、少なしとも、刑罰の対象となる禁止行為の規定の委任に関するかぎり、憲法四一条、一五条1項、一六条、二一条及び三一条に違反し無効であると断ぜざるをえないのである。第三、結論 以上説述したとおり、国公法一〇二条一項による政治的行為の禁止に関する人事院規則への委任は、同法一一〇条一項一九号による処罰の対象となる禁止規定の定めに関するかぎり無効であるから、これに基づいて制定された規則もこの関係においては無効であり、したがつて、これに違反したことの故をもつて前記罰条により処罰することはできない。したがつて、これに反する従来の最高裁判所の判決は変更すべきものである。それゆえ、本件被告人の行為に適用されるかぎりにおいて規則六項一三号の規定を無効として、被告人を無罪とした原判決は、結論において正当であるから、結局、本件上告は理由がなく、棄却すべきものである。 検察官横井大三、同辻辰三郎、同石井春水、同佐藤忠雄、同外村隆 公判出席 昭和四九年一一月六日 最高裁判所大法廷 裁判長裁判官  村上朝一 裁判官  関根小郷 裁判官  藤林益三 裁判官  岡原昌男 裁判官  小川信雄 裁判官  下田武三 裁判官  岸 盛一 裁判官  天野武一 裁判官  坂本吉勝 裁判官  岸上康夫 裁判官  江里口清雄 裁判官  大塚喜一郎 裁判官  高辻正己 裁判官  吉田 豊 裁判官大隅健一郎は、退官のため署名押印することができない。 裁判長裁判官  村上朝一

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【監修者】 宮川涼
プロフィール 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。
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早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。
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