最高裁判所第2小法廷 平成30年(行ヒ)第299号 措置取消等請求事件 令和元年8月9日-死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書
主 文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人舘内比佐志ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,死刑確定者である被上告人が,被上告人宛ての信書の一部について受信を許さないこととして当該部分を削除した拘置所長の措置は違法であると主張して,上告人を相手に,同措置の取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,死刑確定者であり,平成21年6月3日以降,大阪拘置所に収容されている者である。
(2) A作成に係る被上告人宛ての信書(以下「本件信書」という。)が,平成27年8月10日,大阪拘置所に到達した。本件信書には,被上告人からコピーを依頼された訴訟書類につき,その写し及び原本を送付する旨の記述のほか,1行目には時候の挨拶の記述が,4~9行目には被上告人に対する謝意及び激励の記述があった(以下,本件信書のうち,上記の時候の挨拶並びに謝意及び激励が記述されている部分を「本件記述部分」という。)。
(3) 大阪拘置所長(以下「所長」という。)は,平成27年3月12日付け達示第16号「「死刑確定者処遇規程」の制定について」を発出しているところ,その別紙「死刑確定者処遇規程」16条は,死刑確定者に対し,面会及び信書の発受が予想される者の申告を求め,所管の統括矯正処遇官は,当該死刑確定者と上記申告がされた者との間における外部交通の許否の方針について所長の決裁を受けるものとする旨を定めている。所長は,同条に基づき,同年7月31日当時,被上告人の親族38名,弁護士14名及び友人1名について被上告人との外部交通を許す方針としていたが,Aは,被上告人の親族ではなく,所長が被上告人との間の外部交通を許す方針としているその他の者にも含まれていなかった。
(4) 所長は,平成27年8月11日,本件記述部分については,死刑確定者に発受を許す信書について定めた刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)139条1項各号に該当せず,同条2項により受信を許すべき事情も認められないが,本件信書のその余の部分については,同条1項2号に該当すると判断した。そこで,所長は,同日,本件記述部分について受信を許さないこととしてこれを削除する措置(以下「本件処分」という。)をし,被上告人に対し,削除後の本件信書を交付した。なお,削除とは,信書の一部を物理的に切り取ることをいう。
(5) 大阪拘置所においては,被収容者と外部との間で日常的に多数の信書の発受が行われており,平成27年8月3日から同月14日までの間の1日当たりの通数は,受信が249~548通,発信が350~505通であった。
(6) 被収容者が外部から受ける信書は,被収容者が発する信書と異なり,使用可能な筆記具及び用紙に制限がないため,その一部について受信を許さないこととして抹消する場合,抹消すべき部分を判読不能な状態にするためには,同一色の筆記具を用いて塗り潰すだけでは足りず,数種類の筆記具を用いて塗り潰すなどする必要があった。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,被上告人の本件処分の取消請求を認容し,損害賠償請求を一部認容した。
刑事収容施設法139条1項2号は,信書の発受の目的が婚姻関係の調整,訴訟の遂行,事業の維持その他の死刑確定者の身分上,法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理(以下,これらを「重大用務処理」という。)のためであることを発受の許可の要件とするものであるところ,上記目的は当該信書全体の内容及び発受の相手方に照らして判断すべきものである。
そして,上記目的が重大用務処理のためであると認められる信書については,その全体の発受を許すべきであり,重大用務処理のために必要とはいえない記述部分があるとしても,同法129条1項各号のいずれかに該当しない限り,当該部分を削除し,又は抹消することはできないと解するのが相当である。
本件信書は,被上告人からコピーを依頼された訴訟書類につき,その写し及び原本を送付することが記述されているものであり,重大用務処理のために発受するものと認められるところ,本件記述部分の内容は,時候の挨拶並びに被上告人に対する謝意及び激励であり,重大用務処理のために必要とはいえないものの,刑事収容施設法129条1項各号のいずれかに該当するものではないから,所長が本件記述部分を削除し,又は抹消することは許されない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 刑事収容施設法は,死刑確定者の信書の発受について,親族との間においては,これを許すものとする(139条1項1号)一方,親族以外の者との間においては,重大用務処理のため発受する場合(同項2号)又は発受により死刑確定者の心情の安定に資すると認められる場合(同項3号)にこれを許すものとし,それ以外の場合には,その発受の相手方との交友関係の維持その他発受を必要とする事情があり,かつ,その発受により刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがないと認められるときに,これを許すことができるものとしている(同条2項)。これらの規定は,死刑確定者の拘置の趣旨,目的が,死刑確定者の心情の安定にも配慮して,死刑の執行に至るまでの間,外部交通の遮断も含めて社会から隔離してその身柄を確保するというものであることに鑑み,死刑確定者と親族以外の者との間の信書の発受については,同条1項2号若しくは3号又は同条2項に該当する場合に限り,これを許すこととしたものと解される。
そして,刑事収容施設法139条1項2号が,死刑確定者であっても重大用務処理を妨げられるべきではないとの考慮に基づくものと解されることにも照らせば,そのために必要とはいえない記述部分についてまで,同号により発受を許すべき理由はないというべきである。
以上によれば,
刑事施設の長は,死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書につき,重大用務処理のために必要な記述部分のほかに,そのために必要とはいえない記述部分もある場合には,刑事収容施設法139条1項3号又は同条2項によりその発受を許すべきものと認められるときを除き,同条1項に基づき,同部分の発受を許さないこととしてこれを削除し,又は抹消することができると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,本件信書は,親族以外の者が被上告人に宛てたものであり,本件記述部分の内容は,時候の挨拶並びに被上告人に対する謝意及び激励であって,重大用務処理のために必要なものとはいえず,刑事収容施設法139条1項3号又は同条2項に基づきその発受を許すべき事情もうかがわれない。
そして,前記事実関係等のとおり,大阪拘置所においては,被収容者と外部との間で日常的に多数の信書の発受が行われており,被収容者が外部から受ける信書の一部を抹消する作業には相当の負担を伴うものであること等に照らせば,所長が,本件記述部分の発受を許さないこととするに当たり,これを削除したことについて,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるとはいえない。
以上によれば,本件処分は適法であり,所長が本件処分をしたことは国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求はいずれも理由がなく,これらを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三浦 守 裁判官 山本庸幸 裁判官 菅野博之 裁判官 草野耕一)
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最高裁判所判例解説
823 最高裁判所判例解説(185) 101 民事関係 死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書につき刑事収容施設 及び被収容者等の処遇に関する法律139条1項2号所定の用務の処理のた めに必要とはいえない記述部分がある場合に、同部分の発受を許さないこ ととしてこれを削除し又は抹消することの可否 【平成30年(行ヒ) 第299号 令和元年8月9日第二小法廷判決 破棄自判 【第1審大阪地裁 第2審大阪高裁 民集73巻3号327頁 〔判決要旨〕 刑事施設の長は、死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書につ き、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律139条1項2号所定の 用務の処理のために必要な記述部分のほかに、そのために必要とはいえない 記述部分もある場合には、同項3号又は同条2項によりその発受を許すべき ものと認められるときを除き、同条1項に基づき、同部分の発受を許さない こととしてこれを削除し、又は抹消することができる。 〔参照条文〕 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律139条 〔解説〕 第1 事案の概要等 本件は、死刑確定者であるXが、同人宛ての信書(以下「本件信書」とい う。)の一部について受信を許さないこととして当該部分を削除した大阪拘 置所長(以下「拘置所長」という。) の措置(以下「本件処分」という。)は違法 であると主張して, Yを相手に, 本件処分の取消しを求めるとともに、国家 賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。 1 関係法令等の定め (186) 73巻4号 824 (1)刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施 設法」という。) 139条1項は、刑事施設の長は、死刑確定者(未決拘禁者とし ての地位を有するものを除く。以下同じ。)に対し、その親族との間で発受する 信書(同項1号),婚姻関係の調整,訴訟の遂行,事業の維持その他の死刑 確定者の身分上,法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理(以下 「重大用務処理」という。)のため発受する信書(同項2号)及び発受により死 刑確定者の心情の安定に資すると認められる信書(同項3号)について、発 受を許すものとする旨を、同条2項は、刑事施設の長は、死刑確定者に対 し、同条1項各号に掲げる信書以外の信書の発受について、その発受の相手 方との交友関係の維持その他その発受を必要とする事情があり、かつ、その 発受により刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがないと認めるときは、 これを許すことができる旨をそれぞれ規定している。 (2)刑事収容施設法141条は、死刑確定者が発受する信書について、同法 129条(1項6号を除く。)を準用するものとしている。同条1項は、刑事施 設の長は、受刑者が発受する信書の全部又は一部が、①暗号の使用その他の 理由によって、刑事施設の職員が理解できない内容のものであるとき(同項 1号),②発受によって、刑罰法令に触れることとなり、又は刑罰法令に触 れる結果を生ずるおそれがあるとき(同項2号),③発受によって,刑事施 設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき(同項3号),④ 威迫にわたる記述又は明らかな虚偽の記述があるため、受信者を著しく不安 にさせ、又は受信者に損害を被らせるおそれがあるとき(同項4号),⑤受 信者を著しく侮辱する記述があるとき(同項5号)のいずれかに該当する場 合には、その発受を差し止め、又はその該当箇所を削除し、若しくは抹消す (注1) ることができる旨を規定している。他方,刑事収容施設法上,死刑確定者の 発受する信書について、その一部が139条に該当すると認められない場合に おいて、その該当箇所を削除し、又は抹消することができる旨の明文の規定 は存在しない。 825 最高裁判所判例解説(187) (3)刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則(以下「刑事施設規則」とい う。) 76条1項は、刑事施設の長は、死刑確定者に対し,信書を発受するこ とが予想される者について,氏名,生年月日,住所及び職業(同項1号), 自己との関係(同項2号),予想される信書の発受の目的 (同項3号)並びに その他刑事施設の長が必要と認める事項(同項4号)を届け出るよう求める ことができる旨を規定している。 2 事実関係等の概要 (1)Xは,死刑確定者であり、平成21年6月3日以降,大阪拘置所に収容 されている者である。 (2)本件信書が、平成27年8月10日,大阪拘置所に到達した。本件信書に は、Xからコピーを依頼された訴訟書類の写し及び原本を送付する旨の記述 のほか、1行目には時候の挨拶(暑中見舞い)の記述が,4〜9行目には× に対する謝意及び激励の記述があった(以下、上記の時候の挨拶並びにXに対 する謝意及び激励が記述されている部分を「本件記述部分」という。)。 (3)拘置所長は、平成27年3月12日付け達示第16号「「死刑確定者処遇規 程」の制定について」を発出しているところ、その別紙「死刑確定者処遇規 程」16条は、刑事施設規則76条1項の規定を受けて、死刑確定者に対し、面 会及び信書の発受が予想される者の申告を求め、所管の統括矯正処遇官は、 当該死刑確定者と上記申告がされた者との間における外部交通の許否の方針 について拘置所長の決裁を受けるものとする旨を定めている。拘置所長は、 同条に基づき、同年7月31日当時,Xの親族38名,弁護士14名及び友人1名 についてXとの外部交通を許す方針としていたが、本件信書の差出人は、X の親族ではなく、拘置所長がXとの間の外部交通を許す方針としているそ の他の者にも含まれていなかった。 (4)拘置所長は、本件信書のうち、本件記述部分については、刑事収容施 設法139条1項各号に該当せず、同条2項により受信を許すべき事情も認め られないが、その余の部分については、同条1項2号に該当すると判断し (188) 73巻4号 826 た。そこで、拘置所長は、本件記述部分について受信を許さないこととして これを削除する措置(本件処分)をし, Xに対し、削除後の本件信書を交付 した。 (5)大阪拘置所においては、被収容者と外部との間で日常的に多数の信書 の発受が行われており、平成27年8月3日から同月14日までの間の1日当た りの通数は、受信が249~548通,発信が350~505通であった。 (6)被収容者が外部から受ける信書は、被収容者が発する信書と異なり、 使用可能な筆記具及び用紙に制限がないため、その一部について受信を許さ ないこととして抹消する場合、抹消すべき部分を判読不能な状態にするため には、同一色の筆記具を用いて塗り潰すだけでは足りず、数種類の筆記具を 用いて塗り潰すなどする必要があった。 3 訴訟の経緯及び原審の判断の概要 (1)第1審は、刑事施設の長は、死刑確定者が親族以外の者との間で発受 する信書につき、重大用務処理のために必要とはいえない記述部分の発受を 許さないこととして同部分を削除し、又は抹消することができるとして、本 件処分は適法であるとし, Xの請求をいずれも棄却した。これに対し、Xが 控訴を提起した。 (2) 原審は、要旨次のとおり判断し、本件処分を違法として取り消すとと もに、本件処分が国家賠償法の適用上も違法であるとして, X の損害賠償請 求を一部認容した。 刑事収容施設法139条1項2号は、信書の発受の目的が婚姻関係の調整, 訴訟の遂行、事業の維持その他の死刑確定者の身分上、法律上又は業務上の 重大な利害に係る用務の処理(重大用務処理)のためであることを発受の許 可の要件とするものであるところ、上記目的は当該信書全体の内容及び発受 の相手方に照らして判断すべきものである。そして, 上記目的が重大用務処 理のためであると認められる信書については、その全体の発受を許すべきで あり、重大用務処理のために必要とはいえない記述部分があるとしても、同 827 最高裁判所判例解説(189) 法129条1項各号のいずれかに該当しない限り、当該部分を削除し、又は抹 消することはできないと解するのが相当である。 本件信書は、Xからコピーを依頼された訴訟書類につき、その写し及び原 本を送付することが記述されているものであり、重大用務処理のために発受 するものと認められるところ、本件記述部分の内容は、時候の挨拶並びにX に対する謝意及び激励であり、重大用務処理のために必要とはいえないもの の、刑事収容施設法129条1項各号のいずれかに該当するものではないから、 拘置所長が本件記述部分を削除し、又は抹消することは許されない。 第2 上告受理申立て理由と本判決 1 上告受理申立て理由 Y は原判決を不服として上告受理の申立てをし、第二小法廷は本件を上告 審として受理した。その上告受理申立て理由は、本件処分が違法で取り消さ れるべきものであるとした原審の判断について、刑事収容施設法139条1項 2号についての解釈適用に誤りがあるというものである。 2 本判決 本判決は、以下のとおり、本件処分が違法で取り消されるべきものである とした原審の判断について、刑事収容施設法139条1項2号についての解釈 適用に誤りがあり、原判決中Y敗訴部分は破棄を免れないとし、 Xの請求 はいずれも理由がなく、これらを棄却した第1審判決は正当であるから,上 記部分につき、X の控訴を棄却すべきであるとした。 (1)刑事収容施設法は、死刑確定者の信書の発受について、親族との間に おいては、これを許すものとする(139条1項1号)一方,親族以外の者との 間においては、重大用務処理のため発受する場合(同項2号)又は発受によ り死刑確定者の心情の安定に資すると認められる場合(同項3号)にこれを 許すものとし、それ以外の場合には、その発受の相手方との交友関係の維持 その他発受を必要とする事情があり、かつ、その発受により刑事施設の規律 及び秩序を害するおそれがないと認められるときに、これを許すことができ (190) 73巻4号 828 るものとしている(同条2項)。これらの規定は、死刑確定者の拘置の趣旨、 目的が、死刑確定者の心情の安定にも配慮して、死刑の執行に至るまでの 間,外部交通の遮断も含めて社会から隔離してその身柄を確保するというも のであることに鑑み、死刑確定者と親族以外の者との間の信書の発受につい ては、同条1項2号若しくは3号又は同条2項に該当する場合に限り、これ を許すこととしたものと解される。そして、刑事収容施設法139条1項2号 が、死刑確定者であっても重大用務処理を妨げられるべきではないとの考慮 に基づくものと解されることにも照らせば、そのために必要とはいえない記 述部分についてまで、同号により発受を許すべき理由はないというべきであ る。 以上によれば、刑事施設の長は、死刑確定者が親族以外の者との間で発受 する信書につき、重大用務処理のために必要な記述部分のほかに、そのため に必要とはいえない記述部分もある場合には、刑事収容施設法139条1項3 号又は同条2項によりその発受を許すべきものと認められるときを除き、同 条1項に基づき、同部分の発受を許さないこととしてこれを削除し、又は抹 消することができると解するのが相当である。 (2)本件信書は、親族以外の者が X に宛てたものであり、本件記述部分 の内容は、時候の挨拶並びにXに対する謝意及び激励であって、重大用務 処理のために必要なものとはいえず、刑事収容施設法139条1項3号又は同 条2項に基づきその発受を許すべき事情もうかがわれない。そして、大阪拘 置所においては、被収容者と外部との間で日常的に多数の信書の発受が行わ れており、被収容者が外部から受ける信書の一部を抹消する作業には相当の 負担を伴うものであること等に照らせば、拘置所長が、本件記述部分の発受 を許さないこととするに当たり、これを削除したことについて、裁量権の範 囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるとはいえない。 第3 説明 1 問題点の所在 829 最高裁判所判例解説(191) 刑事収容施設法129条1項は、同項各号に該当する場合には、刑事施設の 長が受刑者の発受する信書の発受を差し止め、又はその該当箇所を削除し、 若しくは抹消することができる旨を規定し、同法141条は、死刑確定者の発 受する信書について同法129条(1項6号を除く。)を準用している。しかし、 死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書につき,同法139条1項2 号所定の用務の処理(重大用務処理)のために必要な記述部分のほかに、そ のために必要とはいえない記述部分(以下「不必要記述部分」という場合があ る。)もある場合において、刑事施設の長が、不必要記述部分の発受を許さ ないこととしてこれを削除し、又は抹消することができるか否かについて は、明文上の規定は存在しないため、その可否が問題となる。また、上記の 削除又は抹消が可能な場合には、さらに進んで、本件において拘置所長が本 件記述部分を削除したことの適否が問題となる。 2 判例及び裁判例の状況等 (1)上記1の点について判断した最高裁判例は見当たらないが、下級審の 裁判例としては、刑事施設の長が、不必要記述部分の発受を許さないことと して同部分を削除し、又は抹消することができるとするものが多数存在して いた(大阪高等裁判所平成28年(行コ) 第310号同29年3月17日判決・公刊物未 (注2) 登載等)。他方,原審のように、信書の発受の目的が重大用務処理のためで あるか否かは当該信書全体の内容及び発受の相手方に照らして判断すべきも のであり、発受の目的が重大用務処理のためであると認められる信書につい ては、不必要記述部分があってもその全体の発受を許すべきであるとして、 不必要記述部分を削除し、又は抹消する措置を違法とする裁判例は見当たら ない。 (2)他方,刑事収容施設法139条2項該当性が問題となった事案について、 東京地判平成28年3月3日・D1-Law 登載は、信書中に同項に該当する部分 としない部分がある場合、明文上の規定はないものの、同項の趣旨に照らせ ば、同項に該当しない部分を削除し、又は抹消することができるとしてい (192) 73巻4号 830 る。 3検討 (1)死刑確定者に認められる外部交通の範囲等 平成17年法律第50号による改正前の監獄法(以下「監獄法」という。)は、 刑事施設に収容される者の法的地位の差異に対応した定めが十分ではなかっ たが、平成19年6月1日施行の刑事収容施設法は,受刑者,未決拘禁者,死 (注3) 刑確定者という法的地位ごとに異なる定めを置いている。同法は、外部交通 の一類型である信書の発受については、受刑者の場合、相手方の範囲に制限 はなく、基本的に保障することとしていると解されるのに対し(同法 (注4) 126条),死刑確定者の場合、親族以外の者との間については、これを一般的 に制限し、重大用務処理のため(同法139条1項2号) 又は心情の安定に資す ると認められる場合(同項3号)にのみ保障し(権利発受), これ以外の場合 には、信書の発受を必要とする事情があり、かつ、その発受により刑事施設 の規律秩序を害するおそれがないと認められるときに、刑事施設の長の裁量 (注5) により許すにとどまるもの(裁量発受)と解される(同条2項)。 このように、死刑確定者について信書の発受が許される範囲が制限されて いるのは、①死刑確定者の拘置の趣旨、目的が、死刑の執行に至るまでの 間、同人を社会から厳重に隔離してその身柄を確保すること等にあること (監獄法時代の判例であるが、最二小判平成11年2月26日・集民191号469頁参照) に照らせば、刑事施設における処遇上,受刑者よりも自由を制約することも (注6) 許されると考えられること、②死刑確定者は、来るべき自己の死を待つとい う特殊な状況にあり、外部交通によって、激しい精神的苦痛に陥ったりする ことが十分に想定されるため、親族などとの間の信書や、交友関係の維持の ため等に必要な信書の発受以上に、外部交通の自由を認めるのは適当ではな いと考えられることなどを踏まえたものと解される(林眞琴ほか「逐条解説 (注7) 刑事収容施設法第3版」711~713頁)。 (2)不必要記述部分の削除又は抹消の可否 831 最高裁判所判例解説(193) 刑事収容施設法139条は、死刑確定者の拘置の趣旨,目的が、死刑の執行 に至るまでの間、死刑確定者を社会から厳重に隔離してその身柄を確保する ことにあることを踏まえて、死刑確定者について、親族以外の者との間の信 書の発受を一般的に制限し、個別に信書の発受の必要性が認められる場合に のみ発受を許すこととしたものであり、同条1項2号が、死刑確定者であっ ても重大用務処理を妨げられるべきではないとの考慮に基づくものと解され ることにも照らせば、重大用務処理のために必要とはいえない記述部分につ (注8) いてまで、同号により発受を許すべき理由はないというべきである。そうす ると、刑事施設の長は、死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書に つき、重大用務処理のために必要な記述部分のほかに、そのために必要とは いえない記述部分もある場合には、同項3号又は同条2項によりその発受を 許すべきものと認められるときを除き、同条1項に基づき,同部分の発受を 許さないこととしてこれを削除し、又は抹消することができると解するのが (注9) 相当である。 なお、原審は、信書の発受の目的が刑事収容施設法139条1項2号所定の 重大用務処理のためであるか否かを当該信書全体の内容及び発受の相手方に 照らして判断すべきである旨判示し、また、1通の信書の中に重大用務処理 のために必要な記述部分があるものの、その他の記述部分が時候の挨拶等の 付随的な記述とはいえず、重大用務とは全く関係のない記述であり、かつ、 重大用務よりもむしろ当該記述部分が信書の発受の主たる目的であると認め られるような場合には、当該信書が同号所定の文書に当たらないとして、そ の全部の発受を許可しないこととするか、又は、当該記述部分が重大用務処 理のため必要な範囲を明らかに逸脱し、同号の趣旨に反するものとして当該 記述部分を削除し、又は抹消することができるとも判示している。しかしな がら、原審の考え方によれば、信書全体の内容からみて重大用務処理の目的 が認定できなければ、一部に重大用務処理のために必要な記述があるにもか かわらず、信書全体の発受が禁止される可能性があり、重大用務処理の必要 (194) 73巻4号 832 性を理由に信書の発受を認めた同号の趣旨に反することとなりかねない上、 結果として、信書の一部を削除し、又は抹消することを容認する点について は、同法に上記のような場合に信書の一部を削除し、又は抹消することがで きる旨を定めた明文の規定がないことなどを理由として本件処分を違法とす る結論と整合していないといわざるを得ない。以上の点を考慮すると、原審 の考え方は、採用することが困難というべきである。 本判決は、以上のような理解の下、判決要旨のとおり判断したものと考え られる。なお、本判決が、「刑事収容施設法139条1項3号又は同条2項によ りその発受を許すべきものと認められるときを除き」との説示をしているの は、重大用務処理のために必要と認められない記述部分であっても、別途、 同条1項3号によりその発受を許すべき場合があるほか、同条2項は、刑事 施設の長の裁量によりその発受を許すものであるが、その発受を許さない旨 の刑事施設の長の判断について裁量権の範囲の逸脱又は濫用があれば、当該 判断が違法となることを念頭に置いたものと思われる。 (3)拘置所長が本件記述部分を削除したことの適否 本件においては、拘置所長は、本件記述部分を抹消する措置ではなく、削 除する措置を採っているため、刑事施設の長が、信書の一部についてその発 受を許さないこととする場合に、削除又は抹消のいずれの方法を採るべきか (注10) が問題となる。 信書の内容による差止め等を規定した刑事収容施設法129条1項は、削除 又は抹消のいずれの方法を採るべきかについては特段の定めをしていないこ と、削除と抹消とでは事務量に差があり、そのいずれの方法を採るかが信書 の検査事務全体にも影響を及ぼすこと等に照らせば、同項は、各号に該当す る箇所につき削除又は抹消のいずれの方法を採るかの判断に関しては、刑事 施設内の実情に通暁し、刑事施設の規律及び秩序の維持その他適正な管理運 (注11) 営の責務を負う刑事施設の長の合理的な裁量に委ねたものと解される。そし て、死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書について、重大用務処 833 最高裁判所判例解説(195) 理のために必要な記述部分のほかに不必要記述部分もあり、同法139条1項 3号又は同条2項によりその発受を許すべきものと認められるときにも当た らない場合において、当該不必要記述部分につき削除又は抹消のいずれの方 法を採るかの判断に関しても、同法129条1項の場合と別異に解すべき事情 は見当たらない。そうすると、刑事施設の長が、その裁量権の行使に当た り、その範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められるときに限り、当該 判断に係る処分は違法になると解するのが相当と考えられる。 本件において、Xが収容されている大阪拘置所では、被収容者と外部との 間で日常的に多数の信書の発受が行われており、抹消作業の実情に照らせ ば、これに従事する職員の負担は相当大きなものとなるというのであるか ら、抹消の方法によった場合、事務量の増加等により、信書の検査事務に支 障を生ずるおそれがあるというべきである。そうすると、本件記述部分につ き、抹消ではなく削除の方法によることとした拘置所長の判断について、裁 量権の範囲の逸脱又は濫用があるとはいえないと考えられる。 本判決は、以上のような理解の下、本件処分を適法と判断したものと思わ れる。 4 本判決の意義 本判決は、死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書につき刑事収 容施設法139条1項2号所定の用務の処理のために必要とはいえない記述部 分がある場合に、同部分の発受を許さないこととしてこれを削除し又は抹消 することの可否について、最高裁として初めて判断を示した点で、理論上及 (注12) び実務上、重要な意義を有するものと考えられる。 (注1) 削除とは、信書の一部分を物理的に切り取る処分をいい、抹消とは、記 述部分を黒塗りするなどして認識できない状態にする処分をいう(前掲「逐条 解説刑事収容施設法第3版」660頁)。 (注2) ×は本件と同種の訴訟を多数提起しており、大阪高裁において、信書に (196) 73巻4号 834 重大用務処理のために必要と認められる記述部分のほかに不必要記述部分があ る場合において、刑事施設の長が、不必要記述部分の発受を許さないこととし て同部分を削除し、又は抹消することができるとする裁判例が多数存在してい た。これらの判決は、いずれも最高裁に係属することなく確定している。な お、✗が提起した訴訟のうち、最高裁に係属したものとしては、最三小判平成 28年4月12日・集民252号139頁があるが、同最判は、Xが発信を申請した再審 請求の弁護人宛ての信書をXに返戻した拘置所長の行為が違法であるとして 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求をした事案において、 Xが個別に発 信を申請すべき複数の支援者宛ての信書を当該弁護人宛ての信書として発信し ようとしたことに拘置所の規律及び秩序の維持の観点から問題があったことな どの事情の下においては、拘置所長の行為が同法の適用上違法であるとはいえ ないとしたものである。 (注3) 刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律(平成17年法律第50号) は、 受刑者の処遇を中心に監獄法を改正するものであったが、未決拘禁者や死刑確 定者等の処遇については、同法の題名を改めた刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ 収容等ニ関スル法律により規定されたままの状態であった。その後、平成18年 法律第58号により、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律は、題名を刑事 収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(刑事収容施設法) に改められ、 死刑確定者等の処遇についても規定され、刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容 等ニ関スル法律は廃止されるに至った。 (注4) 受刑者についても、犯罪性がある者などとの間の信書の発受を禁止する ことができる(刑事収容施設法128条本文)。 (注5) このような刑事収容施設法139条の解釈は、同条の文理や死刑確定者の 拘置の趣旨、目的等に照らし、合理的と考えられる。前掲最三小判平成28年4 月12日に係る判例タイムズ1427号63頁の冒頭解説記事もこれと同様の見解に立 っている。 (注6) 刑事収容施設法上,死刑確定者の拘置の本質は、外部交通の遮断を含む 社会からの厳重な隔離にあり、上記本質だけで、死刑確定者の外部交通を制約 する理由になり得ると解されている(前掲「逐条解説刑事収容施設法第3版」 711頁)。 835 最高裁判所判例解説(197) (注7) 心情の安定については、死刑確定者本人の内心の問題であって、基本的 に強制するような事柄ではなく、心情の安定を理由に保障されるべき権利や自 由を制限することは適当ではないとの指摘もあり得る。しかし、死刑確定者が 心情の安定を欠くこととなれば、身柄確保の上でも刑事施設内の秩序維持の上 でも支障が生ずるおそれがあることは否定できない。また、監獄法の下におい て、前掲最二小判平成11年2月26日は、「死刑確定者の信書の発送の許否は、 死刑確定者の心情の安定にも十分配慮して、死刑の執行に至るまでの間、社会 から厳重に隔離してその身柄を確保するとともに、拘置所内の規律及び秩序が 放置することができない程度に害されることがないようにするために、これを 制限することが必要かつ合理的であるか否かを判断して決定すべき」と説示し ている。現行の刑事収容施設法のように、親族との間の信書の発受を権利とし て保障するなどの配慮の下であれば、死刑確定者による信書の発受を規制する 場面において、その心情の安定を考慮することにつき、必要性及び合理性が認 められると考えられる。 (注8) 原審の判断の背景には、時候の挨拶等は、儀礼的な事項にすぎないか ら、社会通念上、これを許容するのが相当であるという価値判断があるのでは ないかと思われる。しかしながら、前記のとおり,刑事収容施設法139条は、 死刑確定者の拘置の趣旨,目的に基づいて、死刑確定者と親族以外の者との間 の信書の発受を一般的に制限し、個別に信書の発受の必要性が認められる場合 にのみこれを許すこととしたものであることを考慮すると、上記のような価値 判断に基づいて、同条に該当するとは認められない記述部分の発受を許すこと は、死刑確定者の外部交通の趣旨にはそぐわないといわざるを得ず、ましてや このような記述部分の発受を許さなければ違法となるとまでいうのは困難とい うほかはない。 (注9) 不必要記述部分について、これを削除し、又は抹消した場合,刑事収容 施設法141条が準用する同法132条を類推適用し,同法129条に基づく削除又は 抹消の場合と同様の取扱い(削除した部分の保管等) をすべきと解される(前 掲「逐条解説刑事収容施設法第3版」724頁)。 (注10) この点について、最高裁判例は見当たらないが、下級審の裁判例につい ては、✗が本件と同種の訴訟を多数提起し、抹消の方法ではなく削除の方法に (198) 73巻4号 836 よることの適否を争っており、大阪高裁において、第1審判決と同様にこれを 適法とした裁判例が多数存在する。 (注11) 削除と抹消とを比較した場合、削除の方が、信書の一部を物理的に切り 離す点において、処分の名宛人の権利利益を制限する程度が大きいようにみえ なくもないものの、刑事施設の長は、削除した部分を保管するものとされてい ること(刑事収容施設法132条1項)等に照らすと、抹消する場合と大差がな いともみられる。同法が削除又は抹消のいずれの方法を採るべきかについて特 段の定めをしていないのは、このような事情によるのではないかと考えられ る。 (注12) 本判決の評釈等として知り得たものとして、上田健介・法学教室471号 138頁,二木豪太郎・訟務月報66巻6号678頁,高瀬保守・ジュリスト1548号79 頁がある。 (高瀬 保守)国立個別指導塾の場所
【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。 |